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東京地方裁判所 昭和43年(むのイ)1494号 決定

決定

申立人 国学院大学映画研究会代表者

肥田進

高橋明男外一一名に対する建造物侵入等被告事件および猪野二三男に対する騒擾、建造物侵入、威力業務妨害、公務執行妨害被疑事件について、東京簡易裁判所裁判官が昭和四三年一一月二三日にした差押許可の各裁判ならびに東京地方検察庁検察事務官関根宗平外一名が右各許可状により同日行なつた各差押処分に対し、申立人代理人弁護士後藤孝典らからその各取消を求める等の各準抗告の申立があつたので、当裁判所は、併合審理のうえ、次のとおり決定する。

主文

昭和四三年一一月二三日に東京簡易裁判所裁判官が被告人高橋明男外一一名に対する建造物侵入等被告事件についてした別紙(二)三記載の各物件に対する差押許可の裁判および同じく被疑者猪野二三男に対する騒擾、建造物侵入、威力業務妨害、公務執行妨害被疑事件についてした別紙(二)四記載の物件に対する差押許可の裁判はいずれもこれを取り消す。

申立人のその余の請求(別紙(一)第一に記載してある申立の趣旨三の請求)はいずれもこれを棄却する。

理由

第一申立の趣旨および理由の要旨は、別紙(一)記載のとおりである。

第二差押許可の各裁判の取消しを求める申立について

一本件各差押許可状の発付およびこれらによる各差押処分が行なわれるに至つた経緯

関係諸資料によれば、その経緯は次のとおりと認められる。

(1)  昭和四三年一一月一九日、東京簡易裁判所裁判官は、司法警察員の請求に基づき、阿部博幸に対する騒擾、建造物侵入、威力業務妨害、公務執行妨害被疑事件について、(a)、東京都渋谷区東四の一〇の二八国学院大学若木会館内映画研究会室を捜索することおよび右被疑事件に関係ある「一、昭和四三年一〇月八日ならびに同一〇月二一日のいわゆる新宿事件当日撮影した生フィルム、現像フィルムおよび焼付した写真等。二、右写真撮影のため使用したメモ等の文書。三、その他指令、通達、メモ等の文書等」を差し押えること、ならびに(b)、同区本町三の二八の一四佐藤荘一八号室を捜索することおよび右被疑事件に関係ある「(一)、昭和四三年一〇月八日ならびに同一〇月二一日のいわゆる新宿事件当日撮影した生フィルム、現像フィルムおよび焼付した写真等。(二)、右写真撮影のため使用したメモ等の文書」を差し押えることをそれぞれ許可する令状を発付した。

(2)  同年一一月二〇日、司法警察員佐藤英秀は、右(a)の許可状により同令状掲記の前記映画研究会室を捜索のうえ、同室内において別紙(二)一、記載の各物件を差し押えた。

(3)  同日、司法警察員沼和利は、右(b)の許可状により同令状掲記の前記佐藤荘一八号室(平石忠の居室)を捜索のうえ、同室内において別紙(二)二、記載の各物件を差し押えた。

(4)  これに対し、同月二一日、国学院大学映画研究会代表者肥田進および平石忠からそれぞれ右(a)および(b)の捜索差押の許可の各裁判ならびに右(2)および(3)の各司法警察員がした各差押処分の取消しを求める申立がなされた。(東京地方裁判所昭和四三年(む)(の)(イ)第一四八八号および第一四八九号各準抗告申立事件)

(5)  東京地方裁判所刑事第一三部(合議体)は、同月二二日、裁判官のした捜索差押の許可の各裁判の取消しを求める申立については、いずれもすでに各許可状による捜索差押処分が完了しているから、右裁判自体の取消しを求めることは許されないとして、これを棄却したが、各司法警察員のした差押処分については、右(4)の各申立を認容し、司法警察員佐藤英秀のした前記別紙(二)一、記載の各物件に対する差押処分、および司法警察員沼和利のした前記別紙(二)二、記載の各物件に対する差押処分をそれぞれ違法として、これらを取り消した。

右決定の理由の要旨は、次表に掲げるとおりである。(ただし、本件申立にかかる物件に関する部分に限る)

別表(二)

掲記の符号

物件名

数量

決定の理由の要旨

司法警察員佐藤英秀の差し押えたもの

一の三

一六ミリフィルム

10・8闘争と記入あるもの

被疑事実とは異なる一〇月八日の事件に

ついてのフィルムであつて、被疑事件と関

連性がない。

一の四

一六ミリフィルム

パトカーの映像あるもの

被疑事実とされた犯行の模様を撮影したも

のであるから、被疑事件との関連性は認め

られるが、被疑者の具体的な犯行を内容と

するものではなく、その罪責を立証する作用

は極めて低いと認められるから、本件物件

を適法に所持する者(第三者)が差押によ

つて受ける不利益と差押の必要性とを比較

衡量すれば、これについて強制的な差押ま

では許されない。

司法警察員沼和利の差し押えたもの

二の一

三五ミリネガフィルム

(ネガケース入り、

38コマ在中のもの)

一の四に対するものと同じ

二の二

右同

(右同)

二の三

右同

(ハーフサイズカメラ

で撮影されたもの)

二の四

右同

(ネガケース入り、

36コマ在中のもの)

二の五

メモ用紙

(B4版洋紙に「一〇・

二一」と書かれたもの)

国学院大学映画研究会の活動の

経過で作成されたものであつて、

本件被疑事実との間に関連性が

認められない。

(6)  同月二三日昼過ぎごろ、前記肥田進および平石忠の代理人は、警視庁庁舎内において、前記各司法警察員らから別紙(二)一、および二、記載の各物件の返還(検察官は、これを「還付」と称しているが、「還付」とは適法に押収した物についてこれを所有者等に交付する新たな処分をいい、本件のように差押処分が取り消されたため、当該物を留置する権限を失い、その反射的効果として当然に被押収者に対し返還することになつた場合は、還付ではない。)を受けた。

(7)  ところで、右(5)の差押処分取消しの各決定がなされたのち、右(6)の物件の返還がなされる以前に、東京地方検察庁検察官は、東京簡易裁判所裁判官に対し、(イ)猪野二三男に対する騒擾、建造物侵入、威力業務妨害、公務執行妨害被疑事件について、別紙(二)三、記載の各物件の差押許可状、および(ロ)高橋明男ほか一一名に対する建造物侵入等被告事件について、別紙(二)四、記載の物件の差押許可状の発付を求める申請をした。そして、同裁判所裁判官は、同月二三日午前、(イ)の申請に基づき右猪野二三男に対する騒擾等被疑事件について別紙(二)四、記載の物件の差押を、および(ロ)の申請に基き右高橋明男ほか一一名に対する建造物侵入等被告事件について別紙(二)三、記載の各物件の差押をそれぞれ許可する各令状を発付した。

(8)  そして、同日昼過ぎごろ、東京地方検察庁検察事務官関根宗平および同加藤盛一は、右(6)記載の返還手続が行なわれた直後にその場において、別紙(二)四、および三、記載の各物件を所持していた肥田進から右(7)掲記の各許可状によりこれらの物件を差し押えた。

二猪野二三男に対する騒擾等被疑事件について発付された差押許可状の効力について

(1) 右にみたとおり、東京地方裁判所刑事第一三部は、昭和四三年一一月二二日付の各決定(以下「一一月二二日決定」という。)をもつて、司法警察員らのした前記一(1)(a)および(b)の各許可状による別紙(二)一、および二、記載の各物件に対する差押処分を違法であるとして取り消したのであるから、捜査官は、司法警察職員であると検察官等であるとを問わず、再度右各許可状により右各物件を差し押えることが許されないのはもとより、これらの物件については、一一月二二日決定に実質的にてい触するような差押許可状の発付を申請することも許されないものといわなければならない。すなわち、もし、例えば現実の差押処分が取り消されただけであるからといつて、なんら特段の事情の変更もないのに、ただ捜査の必要ということだけから、同一被疑事件について再度同一内容の差押許可状の発付を受けることなどを許すならば、法が特に捜査官のした押収に関する処分について裁判所にその取消し変更を求める申立をすることができるとして、基本的人権を全うしようとしている趣旨や制度を完全に没却することになるといわざるをえないであろう。

(2)  そこで、本件において差し押えられた別紙(二)三、および四、記載の各物件が前記一一月二二日決定により違法とされた差押処分の対象たる物件であることはいうまでもなく明らかであるから、本件各差押処分の前提となつた前記一(7)の各差押許可状の発付の申請が果して一一月二二日決定を実質的に無意味にさせるようなものであるかどうかをまず関係諸資料によつて検討することとする。

この点、猪野二三男に対する騒擾等被疑事件についてなされた別紙(二)三、掲記の物件に対する差押許可状の発付の申請については、たとえ嫌疑の存在が認められるとしても、

(イ) 被疑事件の罪名が前記阿部博幸に対する騒擾等被疑事件のそれと全く共通し、被疑事実(いわゆる一〇・二一新宿事件)の内容も被疑者ら個々の具体的役割を別とすれば完全に同一であり、各被疑事実の記載上は明示されていないが、両者を対比すれば、右両名が共犯関係にあるものとされていることも明らかであり、

(ロ) 検察官が猪野二三男に対する被疑事件を基礎として再度前記物件の差押許可状の発付を申請した主たる理由―捜査の必要―は、検察官作成の準抗告申立に対する意見書および同各追加書からも明らかなように、右各物件を猪野二三男という特定の被疑者に固有の事情を立証する資料とすることにあるのではなく、一〇・二一新宿事件全般にわたる当日の騒擾に至る経過、共同意思成立の経緯、多数暴行の事実等を立証する資料としようとすることにあり、

(ハ) 一方、一一月二二日決定が右各物件についての各差押処分を違法とした理由は、前記一(5)に掲げたとおり、別紙(二)三、の一の一六ミリフィルム一本および二ないし五の三五ミリフィルム四本については、これが阿部博幸という特定の被疑者に固有の事情を立証する資料ではなく、一〇・二一新宿事件全般についての証拠となるものという前提で、右各物件の所持者の受ける不利益と差押の必要性を比較考量し、これらについて強制的な差押は許されないとしたことにあり、また、別紙(二)三、の六のメモ用紙五枚については、国学院大学映画研究会という全くの第三者の活動の過程で作成されたものであつて、一〇・二一新宿事件という犯罪事実との間の関連性を認めることは困難であるとしたことにあるものと考えられ、

(ニ) さらに、関係諸資料全部を詳細に検討しても、一一月二二日決定後に、その判断の対象となつた事項に関し特段の事情の変更があつたとは認められない

から、前記検察官の申請は、その実質において、前記阿部博幸に対する騒擾等被疑事件について再度同一内容の差押許可状の発付を申請したのと同一であると認めざるをえない。

(3)  してみると、猪野二三男に対する騒擾等被疑事件についてなされた前記申請は、一一月二二日決定を実質的に無効ならしめるいわば脱法行為に類するもので、ただ違法というのほかなく、従つて、右のような申請に基づいては直ちに差押許可状を発付することはもとより許されなかつたものと考えるのが相当である。すなわち、東京簡易裁判所裁判官が昭和四三年一一月二三日にした猪野二三男に対する騒擾等被疑事件について別紙(二)四、の物件の差押許可の裁判は、もともと違法無効な申請に基づくという意味において違法であり、すでにこの点において、これが取消しを免れないものというべきである。

(4)  なお、右許可の裁判には、後記三でも述べるように、別紙(二)三、各物件の差押許可の申請がされているにもかかわらず、高橋明男ほか一一名に対する建造物侵入等被告事件について申請された差押許可の対象たる物件と混同して、別紙(二)四、の物件の差押を許可したという瑕疵がある。従つて、この点においても取消しの原由が存在するというべきであるが、右瑕疵は、本件許可状の単なる形式上の要件にかかる瑕疵ではなく、一方、許可状の性質上、これを発付するについては捜査官の適法な申請があることが第一の基本的条件であると解せられるから、以上に述べたとおり申請の違法であることを理由として本件許可の裁判を取り消すのを相当と考える。

三高橋明男ほか一一名に対する建造物侵入等被告事件について発付された差押許可状の効力について

(1)  右被告事件について差押許可の申請のあつた別紙(二)四、記載の物件が一一月二二日決定により違法とされた差押処分の対象たる物件であることは明らかであるが、その公訴事実の内容(いわゆる一〇・八新宿事件)が前記阿部博幸に対する騒擾等被疑事件のそれとは全く異なるものであるから、この物件について差押許可状の発付を申請することは、必ずしも一一月二二日決定にてい触するものではない。(なお、一一月二二日決定とてい触しないということは、本件物件のように第三者が自己の意思に基づき撮影した映画フィルム等について、これが犯罪事実の立証になんらかの形で利用できるからといつて直ちに差押が許されるということまでを意味するものではなく、その判断に当つては、右のような物件の証拠資料としての信憑性、代替性の有無、事案の重大性、その他の捜査の必要性の度合いなどについてはもとより、所持者がこれを作品として社会に発表するについての利益等についても十分検討考量のうえ、慎重に差押の可否を決定すべきであろうが、本件においては次に述べるとおり、差押許可状の発付について手続上の瑕疵の存在が認められるので、これ以上進んで実体的な要件については検討を要しないものと考える。)

(2)  しかしながら、関係諸資料によれば、検察官は、高橋明男ほか一一名に対する建造物侵入等被告事件について別紙(二)四、記載の物件に対する差押許可状の発付を申請したにもかかわらず、東京簡易裁判所裁判官は、誤つて右被告事件について別紙(二)三、記載の各物件に対する差押を許可する令状を発付したことが明らかであるから、右裁判は、結局、請求を受けた事件について裁判せず又請求を受けなかつた事件について裁判をした違法があり、この点で到底取消しを免れない。

第三検察事務官らが本件各許可状によりした各差押処分の取消しを求める各申立について

右各申立は、別紙(一)掲記の申立の趣旨二に明らかなとおり、申立代理人において、右各差押処分の前提である東京簡易裁判所裁判官の昭和四三年一一月二三日にした差押許可の各裁判が取り消されないことを条件とする予備的申立である旨明確に主張しているから、前記第二において述べたとおり右差押許可の各裁判を取り消すべきものと認められる以上、右申立についてはもはや判断をする必要のないものと考える。

第四申立の趣旨三について

本件各申立のうち差押許可の各裁判の取消しを求めるものは刑事訴訟法四二九条一項に、各差押処分の取消しを求めるものは同法四三〇条一項に基づくことが明らかであるところ、右各条項に基いては、検察官等の差押物件を留置する者に対してそれらを被押収者(またはその代理人)の許に持参して返還することを命じる裁判を求めることまでは、その申立の性質上許されないと解するのが相当である〔なお、いうまでもなく、差押許可の裁判が取り消された場合には、当該許可の裁判を前提として差押処分を行なつた捜査官らはもはやその処分により押収した物件の留置を続ける法律上の権限を失い、直ちに被押収者にこれを返還することを要する(前にも触れたとおり、捜査官が新たに還付の処分をするのではない。)が、その返還方法については、関係当事者間で円満に決すべきことである。〕。

第五結論

以上述べたとおりであつて、東京簡易裁判所裁判官のした本件各差押許可の裁判の取消しを求める各申立は理由があるから、それぞれ刑事訴訟法四三二条、四二六条二項により右各裁判を取り消すこととし、検察官に対し別紙(二)三、および四、記載の各物件を申立人代理人事務所まで持参して返還することを命じる裁判を求める申立は不適法であるから、同法四三二条、四二六条一項によりいずれもこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。(龍岡資久 松本時夫 吉本徹也)

別紙(一)

第一 申立の趣旨

一 東京簡易裁判所裁判官が昭和四三年一一月二三日に別紙(二)三および四、記載の各物件についてした差押許可の各裁判はいずれもこれを取り消す。

二 仮に右の請求が認められないとしても、昭和四三年一一月二三日右各許可状により東京地方検察庁検察事務官らが警視庁公安一課でした別紙(二)三、および四、記載の各物件についての差押処分はいずれもこれを取り消す。

三 東京地方検察庁検察官は右各物件を申立人代理人弁護士後藤孝典の法律事務所(東京都新宿区四谷四丁目一八番七号後藤法律事務所)まで持参して返還せよ。

第二 申立の理由の要旨

一 東京簡易裁判所裁判官が昭和四三年一一月一九日付でした捜索差押許可の各裁判に基づき同月二〇日、司法警察員は東京都渋谷区東四の一〇の六国学院大学若木会館内映画研究会室において別紙(二)一、記載の、および同区本町三丁目二八番一四号佐藤荘一八号室において別紙(二)二、記載の各物件に対して、それぞれ差押えをなしたが、申立人は同月二一日東京地裁に右各裁判及び右各処分の取消しを求める準抗告をなし、同二二日午後一一時頃、右各物件についてした各差押処分の取消決定を得た。

二 そこで申立人及びその代理人らは、同日直子ちに東京地方検察庁に赴き担当検事に各決定書記載の各物件の返還を要求したが、担当検事から物件は地検の証拠品係にあるが、係の人が既に帰つているので、明日二三日一〇時に受取りに来るように言われたため、その日はそのまま帰つた。翌二三日午前一〇時に申立人代理人らが右証拠品係に出向いたが、担当検事が登庁していなかつたため一旦事務所に引き上げたところ、同日午後〇時二〇分ごろ、申立人代理人に対し地検から警視庁公安一課に物件があるから(その際、物件は押収以来引き続き警視庁の保管の下にあつたことが判明した)取りに来るようにとの電話連絡があつたので、代理人らは公安一課に赴き、所要の手続をすませて午後一時ごろ物件を返還してもらおうとしたところ、同月二三日付で東京簡易裁判所裁判官の発付した各差押許可令状により別紙(二)三、および四、記載の各物件を再度差し押えられた。

三 右の事実からすれば、検察官は右決定を直ちに執行して右物件を返還すべき義務を負つていたにもかかわらず、故意に、かつ、弁護士である代理人を欺いて執行を引き延し、一方、(おそらくは、二二日深夜に出た右決定の存在を知らない裁判官に対し)差押許可令状を求める手続をとつていたものであると思われる。このような検察官の執行の引き延しは明らかに違法な押収行為というべく、違法な押収品に対しては差押許可の裁判自体が違法になり、許されないものと考えるべきである。又、一旦地方裁判所が実質上所有者保管者に返還を命ずる裁判をなしているにもかかわらず、その内容において矛盾する裁判を簡易裁判所裁判官がなすことは許されず、その裁判自体が効力を持たないと考えるべきである。

四 本件申立人は、純然たる報道を主目的とする学生の映画作成グループであり、本件物件も一一月二五日前後に催された同大学学園祭のため作成されたものである。純然たる第三者が適法に撮影したフィルムに特定の被疑事件に関係ある事物が写つているということから安易に差押を許すときには、一切の報道が否定されざるを得ないのみならず、報道の被写体である人々のデモ行進の自由までも制約されることになる。報道の自由という点では学生の報道であれ、いわゆる報道機関等のそれであれ、何んら異る点はない。右のようなことが安易に許されるならば憲法第二一条は空文と化すであろう。捜査は報道、表現の自由の前に一歩引きさがるべきである。

五 さらに被告人高橋明男外二名に対する被告事件につき発付された許可状によつて差押えられた別紙(二)三、記載の各物件は、すべて一〇・二一新宿事件に関するものであり、右高橋外一一名の公訴事実とは全く関連性のないものであり、又被疑者猪野二三男に対する被疑事件につき発付された許可状によつて差押えられた別紙(二)四、記載の物件はいわゆる一〇・八新宿事件に関するものであつて、これ又被疑事実と全く関連性がなく、このような右各物件を差押えることを許可する旨の裁判およびそれに基く差押は違法であり、許されない。

六 なお、これまでの経過に鑑み、たとえ申立人の求める取消決定を得たとしても、東京地検は再々度右各物件に対して差押えをなす恐れがあるため、特に申立の趣旨第三項の申立をする。

以上

別紙(二)

一 司法警察員佐藤英秀が差押処分した物件

符号

物件名

数量

ビラ (日本における反戦平和の斗いの現状と記したもの)

二の一

フイルム  10.8明治公園と記入のもの

二の二

右同

二の三

フイルム  10.21東大(夜)ヘルメット群と記入のもの

一六ミリフイルム  10.8斗争と記入あるもの

一六ミリフイルム  パトカーの映像あるもの

録音五号テーブ ケースにH2010/21 東記者会見と記入あるもの

右同 ケースにH12東H成岡と記入あるもの

録音七号テープ ケースにNo.4と記入あるもの

右同 ケースに7SAと記入あるもの

解放 昭和四三年一〇月一五日発行のもの

一〇の一

一六ミリフイルム ケースに1Aと記入あるもの

一〇の二

右同 ケースに1Bと記入あるもの

一〇の三

右同 ケースに1Cと記入あるもの

一〇の四

右同 ケースに1Dと記入あるもの

一〇の五

右同 ケースに1Eと記入あるもの

一一の一

右同 ケースに2A記入あるもの

一一の二

右同 ケースに2Bと記入あるもの

一一の三

右同 ケースに2Cと記入あるもの

一二の一

録音三号テープ ケースに茶店と記入あるもの

一二の二

右同 ソニテープの箱入つたもの

一二の三

右同 ケースにインタビューと記入のあるもの

一二の四

右同 ケース広い一日、テーマミュジツクと記入

一二の五

右同 TDKケースに入つたもの

一二の六

右同 ケースに新宿6/28夜と記入されているもの

一三

録音五号テープ

一四

ビラ 今日Ⅱ部学生総会の支援に立てと標題あるもの

一五

金銭出納帳 映画研究会と記入あるもの

二 司法警察員沼和利が差押処分した物件

符号

物件名

数量

35ミリネガフイルム (ネガケース入り、38コマ在中のもの)

右同 (右同)

右同 (ネガケース入り、ハーフサイズカメラで撮影されたもの)

右同 (ネガケース入り、36コマ在中のもの)

生フイルム (FUJI35ミリ)

メモ用紙 (B4版洋紙に「一〇、二一」と書かれたもの)

金銭出納簿

メモ用紙(B4版大洋紙にメモ書きされたもの)

メモ帖 (中に一〇、二一等と記載あるもの)

一〇

生フイルム (サクラ35ミリSSのもの)

三 猪野二三男に対する騒擾等被疑事件について差押許可状の発付の申請をした物件

符号

物件名

数量

備考

一六ミリフイルム (パトカーの映像のあるもの)

前記一の符号四

三五ミリネガフイルム (ネガケース入り三八コマ在中のもの)

前記二の符号一

三五ミリネガフイルム (ネガケース入り三八コマ在中のもの)

前記二の符号二

三五ミリネガフイルム(ネガケース入りハーフサイズカメラで撮影されたもの)

前記二の符号三

三五ミリネガフイルム (ネガケース入り三六コマ在中のもの)

前記二の符号四

メモ用紙 (B4版洋紙に「一〇、二一」と書かれたもの)

前記二の符号六

四 高橋明男外一一名に対する建造物侵入等被告事件について差押

許可状の発付の申請をした物件

符号

物件名

数量

備考

一六ミリフイルム (10.8斗争記入のあるもの)

前記一の符号三

【特別抗告申立書】

国学院大学映画研究会代表者

肥田進

右の者の申立に基づき、被疑者阿部博幸に対する騒擾、建造物侵入、威力業務妨害、公務執行妨害被疑事件について、東京地方裁判所刑事第一三部が本月二二日付でなした、司法警察員佐藤英秀が同月二〇日東京簡易裁判所裁判官磯部喬の発した捜索差押許可状により、東京都渋谷区東四の一〇の二八国学院大学若木会館内映画研究室(映画研究会室の誤記と認む)でした差押処分を取消す旨の裁判のうち、別添一差押目録中番号四の一六ミリフィルムに関する部分に対し、別紙理由により、特別抗告を申し立てる。

昭和四三月一一月二七日

東京地方検察庁

検事正代理次席検事 高橋正八

最高裁判所御中

理由

被疑者阿部博幸は、昭和四三年一一月七日公務執行妨害罪により現行犯人として逮捕され、同月一一日勾留、引続き取調べを受けていたが、同月一九日に至り、東京地方検察庁検察官窪田四郎に対し、被疑者は国学院大学映画研究会の構成員であるが、一〇月二一日の国鉄新宿駅における騒擾事件に際しては、革マル派全学連の学生らと行動をともにし、同駅構内に侵入してこれを占拠し、国鉄の業務を妨害するなどして右騒擾に参加し、その際右映画研究会の構成員が事件現場で一六ミリ映画フィルムおよび三五ミリ写真を撮影し、被疑者は連絡係としてこれに加わつたもので、右フィルムなどは東京都渋谷区本町三丁目二八番一四号佐藤荘一八号室(右映画研究会構成員の居室)または国学院大学内映画研究会室に存在する筈である旨自供した。

そこで、前記検察官は、右フィルムなどの証拠としての重要性を考慮し、かつ、革マル派の構成員である右研究会の構成員が同証拠物を任意に提出することは到底期待し得ないと判断し、司法警察員佐藤英秀に対し、右証拠物の差押方を指揮し、佐藤英秀は、即日被疑者に対する別添二の騒擾助勢、威力業務妨害、公務執行妨害の被疑事実に関し頭書の場所において捜索差押を行なうため、東京簡易裁判所裁判官に対し、許可状の発付を求めて同日付同裁判所裁判官磯部喬発付の捜索差押の許可状を得、これに基づき、同月二〇日司法警察員佐藤英秀は、前記映画研究会室において捜索を行ない、別添一差押目録記載の各物件を差押えた。

一方被疑者については、同月一九日取調中の公務執行妨害罪の事件につきこれを釈放し、同日、あらためて警察において右騒擾助勢等被疑事件による逮捕状を得て同人を逮捕のうえ、同月二一日検察官に対する事件送致がなされた。

ところで、右差押物件中本特別抗告がとりあげた別添一差押物件目録四の一六ミリフィルムは、次のようなものである。すなわち、右フィルムは、被疑事実となつている騒擾事件に際して、その騒擾主体の一つである革マル派全学連に属する国学院大学映画研究会の構成員が、革マル派の学生集団と行動をともにし、事件当日革マル派約一、〇〇〇名が、ヘルメットをかぶり、角材多数を林立させて拠点校である東京大学を出発する状況、新宿に至る前千代田区麹町警察署前で機動隊に阻止され同機動隊および同署に対し、執拗な投石をくり返して攻撃する状況、さらに反転して新宿駅に向け行進する状況、同駅構内へ侵入したうえホーム上その他の警察官、駅施設に対し、集団として激しく投石する状況などを詳細に撮影したものであり、これを新宿における騒擾事件を中心としてみれば、すべての画面が、同事件における騒擾主体の暴力的企図、共同暴行脅迫意思の形成過程、多衆暴行の具体的様相等を何よりも如実に再現しているもので、すでに収集されている多数の証拠と相まち、事件全体の真相を究明するためにも、また被疑者の本件への加担程度、情状等を認定するためにも、証人の供述をもつては到底表現し難い内容を有し、極めて証拠価値の大きい重要な証拠物である。事件の実相を活写している点では、その一貫性とともに、おそらく、これまでに収集し得た写真、映画フィルムよりも一段と優れたものといつても過言ではないであろう。

しかるに、同月二一日国学院大学映画研究会代表者肥田進より本件捜索差押許可の裁判および差押処分の取消し等を求める準抗告の申立があり、東京地方裁判所刑事第一三部は、右準抗告のうち、後者を認容し、本件差押処分を全部取消す旨の決定をなすに至つた。

原決定は、別添差押目録番号四の本件一六ミリフィルムにつき、これが被疑者の被疑事実との間に関連性のあることを認めながら、第三者の所有する物について押収する場合は、捜査の必要性と押収される第三者のもつ利益との比較衡量が必要であるとの前提のもとに、「本件についてみるに右フィルムは被疑者の具体的な犯行状況を内容とするものではなく、他の共同者の行為を内容とするもので、その罪責に対する影響、被疑者の役割りの軽重の判定、その他被疑者の罪を立証すると思われる作用は極めて低いと思われ、本件被疑者の被疑事実との関係で考える限り、第三者が適法に撮影し所持している右フィルムを押収する必要はさほど強いものとは言えず、右フィルムを押収されることの、その所持者たる映画研究会に与える不利益(その一つとして、彼らはこれを期日の迫つた学園祭に上映する目的を有すること等)とを比較衡量してみた場合には、右フィルムの強制的な差押までは許されない」としている。

しかしながら、原決定は以下詳論するとおり、憲法の解釈に誤があるのみならず刑事訴訟法に規定する物の押収に関する捜査官の権限行使を甚だしく制約し、その立場を無視する極めて不法な裁判であつて、決定に影響を及ぼすべき法令の違反及び重大な事実の誤認があり、これを取消さなければ著しく正義に反するものであるから到底取消しを免れないものと思料する。

第一点原決定は、憲法第三五条、第一二条の解釈適用を誤りその法意に著しく反している。

原決定は、本件差押物件に関し、捜査官(検察官、検察事務官、司法警察職員の意で以下これに同じ)がその裁量権の範囲内で、裁判官により正当な理由があるとして適法合憲に発付された令状に基づいて実施し、手続上もなんらの法的瑕疵のない、差押処分を事後的に審査し当該物件のもつ犯罪との関連性を認めながら、あえて捜査上の必要性と物件所持者らの利益の程度を比較衡量して強いて差押処分を不当としてこれを取消したのであるが、右の判断は捜査官の行なう差押について実質的必要性(信用性、証拠価値の程度、代替性の程度、他の証拠との量的関係、捜査の発展状況その他の広汎な情況の意義で以下これに同じ)についてまで裁判所が無制約に審査判断できるとの誤解に基づいて、憲法第三五条にいわゆる「正当な理由」に基づいて発せられた令状による適法な差押処分を取消したものであつて、これは憲法第三五条の法意に反し、一方差押物件所持者などの利益を不当に高く評価してこれを捜査上の必要性に対し極度に優先させ、基本的人権が公共の福祉のため利用されるべきことを定めている憲法第一二条の精神に著しく反する結果を招来している。

一 そもそも憲法第三五条が捜索、差押は原則として令状によつて行なうべきこととしているのは、基本的人権を尊重し、国家権力の行使を適正な範囲および手段に限定するものであると同時に、一方捜査によつて犯人を発見し証拠を収集して事案の真相を明らかにし、刑罰法令の適正迅速な適用実現を図り、もつて公共の福祉の維持増進を期そうとする目的の達成を図つているものである。

故に、同条は右各要請を調和させるように解釈すべきで、このような観点から考えると、同条第一項は「正当な理由」に基づいて令状が発せられるべきことを定めているが、ここに「正当な理由」とは犯罪の嫌疑があること、捜索差押の目的物が右犯罪と関連性を有することを内容とするもので、それ以上の理由を含むものではないと解される。

また、すべての国民は公共の福祉のために捜査に協力することを期待されており、そのため刑事訴訟法第二二三条が規定されているほか、同第二二六、二二七条に証言義務も課せられているのであつて、犯罪捜査に必要がある物の所持者はこれを任意に捜査の用に供することを法は期待しているものと解され、その期待に反し法定の理由がないのに協力が得られないことが合理的に推測される状況下において、捜索すべき場所と差押の目的物を特定して差押えることは、当該物の所持者の基本的人権をなんら不当に制約することとなるものではない。憲法がその第三五条で実現しようとしている人権保障の目的は、差押が右の理由と方式を備えていることによつて十分に満足されているものと言わなければならない。従つて、同条は裁判所が差押許可状の発付、あるいは差押処分の審査にあたり右の各要件以上の事項について実質的に審査することを当然に認めているものではなく、わけても差押の実質的必要性特に捜査の必要と物件所持者などの利益との比較衡量をなすべき権能を定めているものでもない。

二 捜査における差押手続の主体はあくまで捜査官であつて、その差押の実質的な必要性の判断は、捜査官の裁量によることは自明の理であり、右の裁量権への安易な干渉は捜査上の手続形成そのものを麻痺させるおそれがある。すなわち捜査の遂行の権限と責任を有しない裁判官が差押の実質的必要性の有無について広く審査、判断をすることは、捜査そのものに関与することに帰するのである。

右のことは三権分立を基本的原理とするわが憲法の基本的立場からしても言いうるところであつて、要するに憲法第三五条第二項は裁判官に行政権の作用である捜査に実質的に関与するがごとき差押の実質的な必要性についての判断権を無制約に与えたものと解すことは許されないものといわなくてはならない。

故に憲法第三五条は裁判所に対し差押の実質的必要性の有無を審査判断する権能を与えたものではなく、また、後記のように刑事訴訟法上もまた、かかる権限は認められていないのである。しかるに本準抗告裁判所が無制限に右必要性について判断したことは憲法第三五条が目的とした基本的人権の尊重と公共の福祉の維持増進の調和を破り、捜査機関の裁量権を著しく阻害するものであり、きわめて失当といわなければならない。

三 原決定の申立人は、憲法上保障された基本的人権に反する差押は許されないと主張し、原決定は、差押の必要性を判断することができるとして、その必要性の判断に当り、申立人の主張を容認したのではないかと思料されるのであるが、かかる憲法上の解釈は、いずれの点からも認めることができない。

例えば憲法第二一条第二項の通信の秘密に関する物件といえども、刑事訴訟法第一〇〇条の規定により差押を行なうことができるし、また報道機関についても、刑事訴訟法第一四九条の証言拒絶権に関する最高裁判所昭和二七年八月六日大法廷判決(刑集六巻八号九七四頁)の判旨によつて明らかなように、刑事訴訟法第一〇五条に制限的に列挙される業務に報道機関が含まれていないことを留意すべきである。まして、後述するように本件フィルムの撮影は犯行集団の一員として同集団の側に立つて、その活動を記録しようとしたものであつて、報道を目的としたものとは認められず(被疑者調書参照)客観的にも報道の自由の範囲内のものとして特別に取扱うべき公共性を具備しないことは明らかである。

さらに、学問、研究の自由との関係についてみても、本件撮影行為およびその利用行為は「真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動にあたる行為をする場合」(最高裁判所昭和三八年五月二二日大法廷判決、刑集一七巻四号三七〇頁)であつて、これを「大学の学生が学問の自由を享有しうる場合」とみることは到底できない。(この点申立人肥田進に対する決定は、本件フィルムを学園祭において上映する目的を有していた旨述べているが、被疑者の供述によつても右の目的は認められず、かりに上映の目的が右のようなものであつたとしてもこれをもつて直ちに捜査の必要に優先すべき利益とは認められない。)。

以上述べたように、原決定が捜査上の必要と所持者らの利益を比較衡量したうえ、後者が優先すべきものと判断したのは、結局基本的人権の濫用をいましめ、基本的人権を公共の福祉のために利用すべきことを定めた憲法第一二条の解釈、適用を誤つたものといわなければならない。

第二点原決定は、刑事訴訟法第一条ならびに第二一八条の解釈を誤つたものであつて同法第四一一条にいう重大な法令の違反がある。

一 原決定は、適法に発付された令状に基づき、かつ、その実施についてもなんらの瑕疵がない本件差押処分について、当該差押物件のもつ犯罪との関連性を容認しながら、あえて捜査上の必要性と第三者の利益との比較衡量にまで立ち入つて判断し、差押処分を不当としてこれを取消したのであるが、右判断は明らかに刑事訴訟法第一条ならびに第二一八条の解釈を誤つたものである。

二 本件差押えにかかる物件は、前述のごとくきわめて証拠価値が高く、かつ代替性を有しない証拠物であるが、捜査機関としては、真実を発見して公共の福祉を維持し、刑罰法令の適正かつ迅速な適用をはかるためには、これらの物的証拠をできるだけ迅速かつ豊富に収集しなければならず、このことはとりもなおさず公判審理の長期化を避け、刑事被告人に迅速適正な裁判を保障することとなるのである。

従つて自白の偏重を避けつつ真実を発見するためいわゆる科学的捜査を遂行することが要請されている現行刑事手続においては、とくに右のような証拠価値の高い物的証拠を収集することが可能なかぎり担保されていることを要するのであり、一方すべての国民は原則として捜査に協することを法は期待しているのであつて(たとえば刑事訴訟法第二二三条、第二二六条、第二二七条)、その期待に反し正当な理由がないのに協力が得られない場合、法定の手続によつて捜索、差押を行なうことは当該物件の所持者の基本的人権をなんら不当に制約するものでなく、刑事訴訟法第一条は右の条理を明示したものというべきである。しかるに原決定が、本件証拠物によつて同法第一条に定めるところの事案の真相を明らかにし、捜査および公判審理の期間を短縮し刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現しうる点を無視して、その必要性が少ないとの判断をなしたことは刑事訴訟法第一条の法理に背反するものといわざるを得ない。

三 刑事訴訟法第二一八条第一項は、捜査機関が「犯罪の捜査をするについて必要があるときは裁判官の発する令状により」差押、捜索をすることができる旨規定しているが、その必要性の判断は一にかかつて捜査機関の権限に属するものであり、一見明白な瑕疵がなく、あるいは著しく合理性を逸脱していないかぎり、裁判官は必要性につき立ち入つて判断することはできないものと解される。いわんや捜査上その必要性が明らかな場合に第三者の利益との比較衡量をするごときは、明らかに裁判官としての権限を逸脱した判断であるといわざるを得ず、このことは以下論述するところによつて明らかである。

いうまでもなく、捜査権は行政機関である検察官、司法警察職員等の専権に属し、かつ捜査の遂行はきわめて流動的かつ発展的でありまたとくに迅速に行なわれることを要するのである。かかる本質を有する刑事手続にあつては、捜査の必要性の判断は、捜査機関の裁量にかかるものであることは当然の事理であつて、裁判官が前述の限界をこえて必要性、相当性の判断をなすことは、本来の捜査それ自体に関与することとなり法の建前を破るのみならず、実際問題として流動的に発展する捜査過程における処分の必要性の判断は、その衝に当る捜査機関のみがよくなしうるものといわなくてはならない。

また逮捕状についての刑事訴訟法第一九九条第二項の規定は、昭和二八年における改正にあたり、その以前においては、裁判官が令状発付につき、必要性の審査権又は審査義務を有するか否かについて解釈の分れるところがあつたので、差押、捜索よりも基本的人権に影響するところの大である逮捕について裁判所に必要性の審査義務を課したのであるが、同時に同項は「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」でないかぎり裁判官は逮捕状を発すべきことを定めているものである。よつて前述の一部改正の際においてその他の差押、捜索、検証の処分に関する裁判官の審査義務についてはなんらふれることなく従来の規定を存置した経緯に照らすならば、差押の実質的必要性に関する裁判官の判断権は基本的にはなくきわめて例外的に制約されたわく内でのみ認められるものといい得るのである。

故に、すでに令状発付裁判官の判断を経て正当に発付された令状に基づいてなされた差押処分に関し前述のごとき立ち入つた事後判断をなすことは明らかに法の解釈を誤つたものである。

なかんずく原決定は、「押収する必要性はさほど強いものとはいえない」旨の判断をなし、相当性の有無に関してまで言及していることは明らかに捜査権に容かいするものであつて、準抗告裁判所としての判断の限界を著しく逸脱したものというべきである。

さらに原決定は、本件フィルムは「被疑者の具体的な犯行状況を内容とするものではなく、他に共同者の行為を内容とするもので、その罪責に対する影響、被疑者の役割の軽重の判定、その他被疑者の罪を立証すると思われる作用は極めて低いと思われる」旨述べている。

前述のごとくかかる判断を加えること自体失当であるのみならず、本件フィルムは被疑者に関する直接証拠として、自白を補強するほとんど唯一の証拠物であり、かりに被疑者自身の映像が写つていないとしても、被疑者が騒擾現場における連絡係をしていた点などから、撮影者とともに行動していることが認められるのである。さすれば本件フィルムは現場における被疑者の行動、位置関係を明らかにし、共同暴行の意思、加担の程度などを明らかにするうえで不可欠の証拠であるのみならず、フィルムに写つている革マル派集団の状況すなわちその行動状況が過激的であるか否かは、同集団に属する被疑者の犯情を確定するうえでも重要な事情となるものである。

また原決定は、あたかも差押の必要性が、被疑者との関連においてのみ判断されるべき問題であるごとく述べているが、およそ証拠物は共同犯行者全体、すなわち本件の場合は騒擾事件の全被疑者との関連において共通の証拠価値を有するものであつて、たまたま被疑者が一名であることをとらえて証拠物自体の有する証拠価値を過少に評価することは右の原則を忘れたものといわざるを得ない。

以上の次第で原決定は、刑事訴訟法第二一八条の解釈を誤り、不当に必要性に関する判断をなしたものであつて明らかに失当である。

第三点原決定は、刑事訴訟法第四一一条にいう重大な事実の誤認がある。

捜査官の行なう証拠物の差押処分について、その適否を判断する準抗告裁判所に、差押の必要性についてまで実質的な審査権限がないと解すべきことは前述したとおりであるが、かりにこれら必要性について裁判所に審査権限があるとしても、原決定は、これらの判断をなすにあたり重大な事実の誤認をなし、その結果捜査官にとつて全く容認し難い結論を導くに至つたものである。

原決定は、捜査の必要性と押収される第三者のもつ利益との比較衡量をなすにあたり、一方で、本件フィルムは被疑者の具体的な犯行状況を内容とするものではなく、他の共同者の行為を内容とするもので、その罪責に対する影響、被疑者の役割りの軽重の判定、その他被疑者の罪を立証すると思われる作用はきわめて低い、との誤つた判断を示し、他方でも本件フィルムは、第三者が適法に撮影し所持するものとの独断をなしている。しかしながら、本件騒擾事件のごとく、数千人にのぼる暴徒が長時間暴行脅迫を逞しくした事案においては、各種多量の証拠を比較検討し、本件全体の様相とその間における個々の被疑者の加担程度等を総合的に認定把握すべきもので、しかもそれにはかなりの長期間の努力を要するものであり、個々の被疑者の行為を認定するにあたり、準抗告裁判所のように各種の証拠を別個分断し、しかも短時間一見したのみで評価するごときは、およそ捜査官の日夜をわかたぬ努力には程遠いものがある。原決定は、本件フィルムは被疑者の具体的な犯行状況を内容とするものではない、とするが、被疑者が右フィルムに撮影されている革マル派学生集団と行動をともにしていた疑いが濃い以上、まさにそこにあらわれている映像の如く共同行動をとつた疑いもまた濃いのであつて、他の共同者の行為は、すなわち被疑者の役割りを判定するうえに無視できないのみならず、これらフィルムの画面に被疑者が写つているか否かは、被疑者の取調担当官が被疑者の人相、着衣から挙措動作の特徴に至るまで十分に理解把握してようやく発見するに至る場合があり、さらに、本件フィルムと他の多くのフィルムなどを比較検討することによつて、相互の関連や、被疑者自体、およびその属した集団の行動の連鎖を見出す例も多く、現に本件騒擾事件で起訴した被告人中には、勾留取調を行なうこと二〇日近くにして、ようやく証拠写真中より、その犯行の決定的瞬間(放火行為の後姿)を見出した例も存するのである。結局、原決定は、群衆犯罪ないし多数共犯者ある場合の犯罪の事実認定にあたり、証拠は、当該被疑者のみならず全被疑者との関係においてその必要性を判断すべきことを知らず、また本件被疑者のみにつき、本件フィルムのみをみても、そこにあらわれている革マル派ら学生集団の行動如何が本件被疑者の犯罪の成否、情状の認定に密接に関連しきわめて必要性の高いことをみようとしないものというほかない。

さらに、原決定は、本件フィルムが第三者によつて適法に撮影されたものとしているが、右撮影者たる同学院大学映画研究会員が従来から集団暴力をくり返してきた革マル派に属し、本件当日も右集団と行動をともにしたものであつて、暴徒集団の外にあつた第三者でないこと、被疑者とは共同犯行者たる関係にあることの疑いが濃いこと、撮影の場所も、新宿駅構内に集団とともに不法に侵入したうえ暴徒集団の中に身をおいていたと認められる場合が多いこと、フィルム購入資金を被疑者も負担しているなどにかんがみれば、到底適法に撮影したとは認められないこと、これらの実情から映画研究会として自己の利益を主張する根拠のないことすでにる説したとおりであつて、この点においても原決定は明らかに事実を誤認している。(押収しないときの隠滅の危険も考慮しなくてはならない)

以上の事実誤認はすべて本件証拠物差押の必要性につき誤つた判断をする際の基礎となつているものであつて、原決定の結論に決定的な影響を及ぼしていることはきわめて明白である。

以上の諸点よりして、原決定が本件差押の必要がないと判断したことは失当であり、今後憲法第三五条および関係法令の解釈運用に影響するところが多大と考えられ、刑事訴訟法第四三三条にいわゆる同法第四〇五条の理由があるのみならず同法第四一一条一号および三号の事由があつて、原決定を破棄しなければ著しく正義に反することが明らかなる場合に該当するものと信ずるので、御審理のうえ前記東京地方裁判所刑事第一三部のなした本件差押処分取消決定を取消し、相当な裁判を求めるため特別抗告の申立をなした次第である。

(付言)

原決定は、司法警察員の差押処分を取消すもので、これにより不利益を受けるのは、差押処分をなした司法警察員のごとくみられるのである。しかしながら、前記のように、本件差押処分は、検察官の指揮により、司法警察員がその補助者として実施したものであり、現に検察官が送致を受け捜査中の事件の証拠品に関するものであつて原決定により検察官の捜査に重大な影響があるのみならず、裁判所が、準抗告の申立があつたことを検察官に対してのみ通知し、事件記録および差押物件等の判断資料の提出を検察官に求め、(検察官においても準抗告申立に対する意見書を裁判所に提出している)決定書謄本も検察官にのみ送達されているという実態関係をみると、原決定裁判所は検察官をもその当事者の一員としていることが認められるので、検察官からも特別抗告に及んだ次第である。

別添一 差押目録〈省略――〉

前掲別紙(二)と同じ

別添二 被疑事実

被疑者等数千名は、昭和四三年一〇月二一日午後八時四〇分ころから東京都新宿区角筈一の五国鉄新宿駅前広場と同駅構内の間にめぐらせた柵を破壊して同駅長佐藤俊秀管理にかかる国鉄新宿駅構内に侵入し、同駅ホーム線路上一杯にひろがり、停車中の列車・ホーム・信号機等に激しい投石をくりかえし、それらを損壊するなどして国鉄の輸送業務を妨害し、これが規制にあたつた警視庁警備部隊に激しく投石して負傷者を続出せしめ、あるいは火を放つて電車座席シート・跨線橋階段等を焼燬するなど数時間にわたり右新宿駅内外において、共同して暴行脅迫をなし騒擾に及んだものであるが、被疑者は、右騒擾に参加し午後九時三〇分ころ、革マル集団とともに同駅構内に侵入し、ホーム上の機動隊に投石するなど卒先してその勢を助けるとともに、他多数と共謀のうえ、右建造物侵入、威力業務妨害、公務執行妨害をなしたものである。

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